アイヌ語入門2 

2−2 さまざまな口頭文芸 <散文説話>
散文説話とは−物語の例
「六重の喪服を着た男」
 これは日高地方平取(びらとり)町の上田トシさんが語った散文説話の一つです。
物語のあらすじは次のようなものです。


 (娘が語ります) 私は物心ついたときから、 誰もいない家に一人でいて、 来る日も来る日も掃除をして暮らしていました。 ある日、家に六重の喪服を着た男が現れ、 一緒に暮らすようになりました。 男は猟の名手で働きものだったので、 何不自由なく幸せに暮らLました。 私はやがて男に求婚され、 子どもを身ごもるようになりました。
 あるとき夫は、「実は自分はイシカリに暮らしていて、 妻ももらっていたが、 山猟から帰ると妻がいなくなっていた。 今まで六回妻をもらったが、 皆いなくなってしまったので、 自分は家を出て六重の喪服に身を包み、 放浪していたのだ」と告白し、 一緒にイシカリに来てほしいと言いました。 私は身重(みおも)の体ではありましたが、 夫とともにイシカリに行きました。 ところが夫はそこで毒を盛られて殺されてしまいました。 悲しみにくれる私の前に、 夫の先妻(の幽霊)が現れ、 夫は狩も上手で何をしてもよくできたので、 悪い心を持った父親たちに妬(ねた)まれ殺されてしまったのだ、 私たちもそうやって殺されたのだ、あなたも早く逃げないと殺される、 と告げられました。 私は先妻たちに護(まも)られてようやく逃げ帰り、 男児をもうけました。
 (ここからこの息子が語ります) 私が大きくなったある日、 母が父のことを語って聞かせてくれました。 それからというもの、 私は父のかたき討ちのことばかり考えて暮らしていました。
 そしてあるとき、 ついにイシカリへ行って父のかたきを討つことができまLた。 村人たちは、 かつて殺された父のことをたいそう気の毒がり、 「罰があたったのだ」と私のかたき討ちを喜んでくれました。 そして私は父の先祖を供養(くよう)し、 母のもとへ帰り、やがて美しい妻をもらい、 子どもをもうけました。
 私は祖父母も父も知らずに大きくなったのだけれど、 今は先祖を供養しながらたくさんの子 どもに囲まれて、 「いつまでも祖父母、 父を供養しておくれ」と言い残して死んでいくのです――――と、 一人の男が語りました。

(財団法人アイヌ民族博物館編『アイヌ民族博物館 伝承記録3・ 昔話 上田トシのウエペケ 』財団法人アイヌ民族博物館 1997年 所収)

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この物語の最初の部分を紹介します。
娘が自分の生い立ちを語りはじめるところです。

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『アイヌ民族博物館 伝承記録3・昔話 上田トシのウエペケレ』

アイヌ民族博物館編 『アイヌ民族博物館 
伝承記録3・昔話 上田トシのウエペケ
上田トシさんによる散文説話2編について、
カタカナとローマ字表記のアイヌ語原文と
日本語訳を載せ、音声資料(CD)をつけて
います。

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