アイヌ語入門2 

2−2 さまざまな口頭文芸 <英雄叙事詩>
英雄叙事詩とは−物語の例
「鹿の角のある衣を身につけた少年の物語」(※)
これは釧路地方の鶴居(つるい)村の八重九郎さんが語った英雄叙事詩の一つです。
物語のあらすじは次のようなものです。

 私は小母(おば)に大事に育てられていました。 私の家の家宝を置くところ、寝台の枕もとに、 牡鹿が立っているのとそっくりな、 底の角のある衣が置いてありました。 毎日寝ないで番してくれていた小母が、 あるとき眠くてたまらない様子でいるうちに眠ってしまったので、 私はその衣の中に身を入れて、 鹿の姿になって外へ出ました。 そして、 人は行ってはいけないという道を行って、 神の遊び場に着さました。 池に飛び込んで泳いだりしていたら、 男たちが騒いでやってきます。 中に大きな男が一人います。 男たちは私を見つけて、 「鹿だぞ、射止めろ」と失を撃ってきます。 私はそれを角でぽんぽんと受けて、 一発も体にあたらせないで、 角を振りまわして向かって行くと、 男たちは逃げてしまいました。 大きな男は向かってきたけど、 角ですくって池の中に逆さまにして沈めてやりました。 そして家に帰ってみたら、 小母はまだ眠っていたので、 静かに衣を脱いで、 もとから寝ていたようにして寝ました。 小母は目をさますと、 またいろいろご馳走(ちそう)を作ってくれます。
 そうしているうちに日がたって、 私が池に沈めた大男を、 悪い力を持った女が助けて自分の夫にして、 みんなで私のことをやっつけてしまおうと相談している と小鳥たちが噂して教えてくれました。 どうしたらいいかと思っていると、 また小母は前のように眠ってしまったので、 私は鹿の姿になって静かに外へ出て、 その男と悪い女のいる国へ跳ねて行きました。 そしたら大きな家があって、 中でみんなが騒いでいます。 その連中と戦争になって、 戦っていると、 雲に乗って雷のように音をたててやってきた者がいて、 それは私を育ててくれていた小母でした。
(※)アイヌの口頭文書には、もとから題名が決まっているわけではありません。 たいていは、語り手の説明や物語の内容をもとにして題名を付付ています。 このページでも、それぞれの物語について、出典の文献をもとに題名を付けました。

(1/4)

» つづきへ

 
 小母は、「あなたさま、私に黙って出かけるということがありますか。 私が来たからには心配 しないでください」と言って、 相手をどんどん倒していきます。二人で戦って、 連中をどんどん倒し、 大男と悪い女が手に手をとって逃げるのを追いかけ、 悪いやつばかりの国でも戦ってやっつけて、 そしたらまた男と女は逃げるので……と、 どんどん戦って追いかけて行くと、 いよいよ、 もうそれより行くところのない世界のはずれに来ました。 そこで相手二人との戦いになって、 激しい激しい戦いのすえ、私は大男を、 小母は悪い女をたおしてしまいました。
 戦いも終った今となっては、 安心して家に帰るのです。


(北海道教育委員会生涯学習部文化課編 『アイヌ民俗文化財口承文芸シリーズ八重九郎の伝承(6)』 北海道教育庁1998年所収。このページと『火の神』、 『六重の喪服を着た男』に掲載した物語のあらすじは、 それぞれ出典の文献をもとに当センターで作成したものです。)
『アイヌ民俗文化財口承文芸シリーズ八重九郎の伝承(6)』

『アイヌ民俗文化財口承文芸シリーズ
八重九郎の伝承(6)』

(2/4)

« 戻  る » つづきへ

 
 この物語の、主人公の戦いに小母が加勢にかけつけた場面を紹介します。 左側がアイヌ語のカタカナ表記とローマ字表記、右側がその日本語訳です(※)。

(※)物語のアイヌ語原文を書き表わすとき、 英雄叙事詩のようにメロディーを伴うものは、
たいていの文献では、語りの様子を伝えるために、 そのメロディーの区切りに合わせて
改行する表記が行なわれています。 このページでも、出典の文献の表記に従って掲載
しました。

(3/4)

« 戻  る » つづきへ